【失敗の本質】日本人は引かれたレールの上を走るのが好きなのかもしれない

長い間積ん読状態だった本『失敗の本質』をようやく読みました。調べてみると、2017年3月に購入したことになっているので、2年近く眠っていたことになります。

この本の内容は、サブタイトルにもなっているように「日本軍の組織論的研究」です。1984年に出版された本で、私が読んだのはその文庫版です。一章は「失敗の事例研究」となっており、主に大東亜戦争での作戦事例を6つ取り上げ、それぞれの事例となぜ失敗したのかという分析が書かれています。二章は「失敗の本質」、三章は「失敗の教訓」となっており、二章と三章が本編と言ってもいいです。

私がこれまで抱いてきた日本企業に対するイメージと合致する部分が多くて、時代が変わっても、考え方や文化的な部分は変わっていないんだなと思いました。

失敗の要因

二章では、日本軍が6つの作戦で失敗した要因として、戦略上の失敗要因5つと組織上の失敗要因4つを挙げています。

戦略上の失敗要因
組織上の失敗要因

戦略上の失敗要因を一言でまとめれば「論理的思考の欠如」であるといえます。そしてそのような思考を創り出したのが組織上の失敗要因であると考えることができます。

特殊化した日本軍

三章では、日本軍がなぜ、上に挙げたような戦略と組織の特性を持つに至ったのかが記述されています。その中でも特に印象に残ったのは「日本軍は環境に適応しすぎて失敗した」という記述です。

現在の一般的な進化論では「環境により適応したものだけが生き残っていく」という所謂自然選択(自然淘汰)という考え方が用いられます。ただし、長期的にみると環境は一定ではないので、特定の環境に適応しすぎると、環境変化が生じたときに再適応できなくなるという考え方もあります。本書では具体例を用いて的確に表現されているので引用したいと思います。

恐竜がなぜ絶滅したかの説明の一つに、恐竜は中生代のマツ、スギ、ソテツなどの裸子植物を食べるために機能的にも形態的にも徹底的に適応したが、適応しすぎて特殊化し、ちょっとした気候、水陸の分布、食物の変化に再適応できなかった、というのがある。つまり、「適応は適応能力を締め出す(adaptation precludes adaptability)」とするのである。

戸部良一 他『失敗の本質―日本軍の組織論的研究(中公文庫)』中央公論社

日本軍は、白兵主義、艦隊決戦主義によっていくらかの成功を収め、それに磨きをかけていったわけですが、事例研究の対象となった6つの作戦では相手も違うし相手の物的資源も違う、それに伴って戦い方も違うという環境の変化に対応できなかったのではないかということです。

道具を使うのは得意だが、道具を創るのは苦手

現在に目を向けてみると、この考え方をそのまま当てはめることができる例が多々見つかります。なぜ日本は物価が上がらないのか。なぜ未だにFAXを使っているのか。なぜ残業が多いのか。なぜ人手不足なのか。これらは特定の環境に適応しすぎた結果であると私は考えています。そして「これまでうまくいっていたから、これからも大丈夫だろう」「みんながそうしているから自分もそうする」という経験則に頼ることになり、問題が顕在化するまで放置されたのではないでしょうか。

この本を読んでいて思い出したのは、戦後の日本企業に経営や品質管理の概念を教えたのは海外の人間であったことです。日本企業はこれらの概念を独自に強化していったことによって「Made in Japan」の名が世界に浸透していきました。しかしこれは1960年代の話であって、この時代に適応しすぎた結果、環境の変化に対応できず、現在では様々な歪が表面化し始めているように思います。

これらのことを総合的に考えると、日本は「与えられた道具を使うのは得意だが、自分で道具を創り出すことができない」あるいは「レールの上を速く走る方法を見つけるのは得意だが、自分でレールを作り別の道を探そうとはしない」と言えます。

日本人は引かれたレールの上を走るのが好きなのかもしれない

最近テレビゲームをしていてよく思うのが、日本のゲームと海外のゲームの違いです。日本のゲームの多くはスタートからゴールまでがほぼ一本道ですが、海外のゲームはスタートからゴールまでの道筋が無数にあります。これはデータをとったわけではないので確かではありませんが、少なくとも私にはそう思えます。

これはゲームメーカーが「売れるからそうしている」と考えるのが妥当でしょう。そうだとすればユーザーがそれを求めているわけです。つまり日本人は「メーカーが作ったレールの上を、メーカーが意図した方法で進んでいくのが好きなのではないか」ということです。

「目的を知らされないまま指示を与えられ、黙々と働く」

「集団から外されまいと、周囲の顔色を窺いながら判断する」

このような文化の中で育てば、そうなるのも当然ですよね。

あとがき

『失敗の本質』のレビューだったはずが、余計なことまで書いてしまいました。後半はかなり強引でした。ただ、海外の人から見た「長時間真面目に働く日本人」「自分の意見を言わない日本人」というイメージと無関係ではないでしょう。

他者と違うことをしないほうが良いという日本的文化を考えれば、日本軍の判断は、集団規範に従うという意味では合理的だったのかもしれません。その結果、敗戦したわけですが・・・。

現在においても、企業の存続よりも社会規範を優先したがために経営破綻や事業を売却したのではないかと思われる事例がいくつかあります。文化に根ざした思考様式は、そう簡単には変わらないのかもしれません。

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