増え続けるグライダー人間【思考の整理学】

「思考の整理学」というタイトルと「東大・京大で一番読まれた本」という文句につられて買ってしまった本です。

どのようなことが書かれているのかを調べずに買ってしまったので、中身をざっと見たときにタイトルから想像していた内容とは違っており「失敗した」と思いましたが、読み始めると、皮肉交じりの「例え」が非常に面白くわかりやすいので、一気に読んでしまいました。大学生に人気がある理由もわかります。

本書を半分ほど読んだところで「思考の整理学」というタイトルが的外れではないことが理解できました。

このページでは、私がこの本を読んで面白かったところをピックアップして紹介しようと思いましたが、面白いところがありすぎて膨大な量になりそうだったので、最初と最後の「グライダー」「コンピューター」という見出しの部分だけを取り上げました。

グライダー人間

この本は1980年代に書かれたものらしく、その当時の学校教育に対する警鐘という意味合いも含まれているのかもしれません。ただし、この警鐘は現在においても成り立つように思います。

本文の2ページ目にあらわれる「学校はグライダー人間の訓練所である」という例えは、学校というものの一面を的確に捉えているように思います。

学校の生徒は、先生と教科書にひっぱられて勉強するため、独力で知識を得るのではない。自力で飛び上がることができない、いわばグライダーのようなものだと解きます。姿形は似ているが、自力で飛び上がれる飛行機とは違い、グライダーは滑空しかできない。

グライダーとして優秀な学生ほど卒業間近の論文にてこずるらしいです。「そして面倒見のいい先生のところへかけ込み、あれを読め、これを見よと入れ知恵してもらい、めでたくグライダー論文を作成する」という。

これを大雑把に抽象化すれば「問題を作る能力の欠如」として捉えることができます。学校での勉強は、先生が問題を出してそれを生徒が解く、教科書や問題集に載っている問題を解くということが行われます。そしてこれらの問題がテストの問題として提示されるため、問題と答えあるいは解き方の対応関係さえ記憶できていれば、テストではいい点数が取れる仕組みになっています。

解く人の能力に合わせて作られた問題を与えられ、それを解くことに特化した人々に対して「自分で問題を作り、自分の考えを述べよ」というのは雲を掴むような話なのかもしれません。

現実の社会では、学校のテストのような「整備された問題」が出題されることはほぼありません。「なぜこのような結果になるのか」を考え、問題を組み立てて定義する能力のほうが、問題を解く能力よりもよっぽど重要であるように思います。

コンピューター

この本は、基本的には「グライダー兼飛行機のような人間になるにはどうすればよいか」が主題となって話が進められていきます。

そして最後の「コンピューター」という見出しで始まる部分では、それまでは記憶と再生が知的活動の中心であったが、コンピューターの出現によって記憶と再生の人間的価値がゆらぎ始めた、としています。これは現在私たちが置かれている状況と幾分似ています。

「知能とはなにか」という問いはさておき、現在の人工知能は「記憶と再生」を超える機能を実現できます。つまり、再び「人間的価値とはなにか」が問われているわけです。著者は「人間が、人間らしくあるためには、機械の手の出ない・・・創造性こそ、そのもっとも大きなものである。」としています。

あまり書き過ぎるとネタバレみたいになりそうなのでこれくらいにしますが、「知ること」よりも「考えること」のほうが創造的だというのはわかりやすい例ですよね。

あとがき

本書とはあまり関係ありませんが、巷では「人工知能万能説」みたいなものが囁かれて、「数十%の職業がなくなる」みたいな話がありますが、私は懐疑的です。

まず、50年後とか100年後とかにどうなっているのかはわかりませんが、現在の人工知能はかなり限定的な機能しかもちません(詳細はカット)。

もう一つの理由は、人工知能がなくても機械とコンピューターによって自動化が可能であったにも関わらず、私が知る限り、多くの中小企業においては自動化されていないか部分的な自動化にとどまっています。もちろん人工知能を使えば、これまでよりも簡単に自動化できるとは思いますが、自動化されない理由はおそらくコストでしょう。設備を購入するよりも人を雇ったほうが、コスト的に融通がきくわけです(景気の善し悪しで残業時間を変化させるなど)。

「数十%の職業がなくなる」みたいな記事は「どのレベルの人工知能」で「いつそうなるのか」が示されていないので、内容がないとしか言えません。上述した中小企業の現状を考えれば、10年後や20年後に部分的に置き換えられることはあっても「数十%の職業がなくなる」ことはありえないし、100年後とか200年後にはあり得るかもしれません。

人工知能がバブルのきっかけにならないことを祈るばかりです。

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