経営とか関係なく自己啓発本として読むべき【現代語訳 論語と算盤】

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『論語と算盤』という本があることは知っていましたが、難しい本に違いないという先入観から、「一度読んでみよう」という気持ちさえありませんでした。

しかし、一万円札の肖像が『論語と算盤』の著者である渋沢栄一になることが発表され、テレビでもどういった人物であったのかという特集が組まれました。それを見た私は渋沢栄一という人物に興味を持ち、読んでみることにしました。

おそらく現代語訳だからだと思いますが、わかりやすい文章で難しいと思うところもほとんどありませんでした。言い方を変えれば、あたり前のことしか書かれていないとも言えます。当時はそうではなかったのだと思いますが、現代の日本に生きる私が読んでもそれらが「良い行いである」ことが見て取れるわけですから、今の日本にしっかりとその考え方が根づいていることは間違いないです。

「日本実業界の父」と言われているからか「道徳と経営の合一」とか「利潤と道徳の調和」がどうのこうの…といった経営哲学ばかりが紹介文に載せてありますが、内容は経営だけに限ったものではないので、自己啓発本としてもっと気軽に読めるような紹介文にすべきなのでは、と個人的には思いました。

このページでは、『論語と算盤』の中からいくつか抜粋し私なりに解釈してみたいと思います。ただし、私は日本の歴史についてあまり詳しくなく時代背景がよくわかっていないので、著者が言いたかったこととは違う部分もあるかもしれませんが、予めご了承を…。

「自分が立とうと思ったら、まず人を立たせてやる。自分が手に入れたいと思ったら、まず人に得させてやる」P18

私はこれを「情けは人の為ならず」と同じ形式のものだと思いました。

『日本の教育は道徳のうち「道」は教えるが「徳」は教えない』ということテレビで見たことがありますが、そのひとつの結果が「情けは人の為ならず」の誤用ではないかと思います。情けをかけるという「道」は知っていますが、その結果得られる「徳」を知らないわけです。

もちろん「人に情けをかけておけば、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくる」という意味ですが、これは単なる道徳的な教えとか理想論といったものではなく、現在では「返報性の原理」という根拠があります(返報性の原理については『影響力の武器』にわかりやすく書かれています)。

また、そういった間接的な恩恵だけではなくもっと直接的な恩恵もあります。アドラー心理学の創始者であるアルフレッド・アドラーが「自分がどうしたら人を喜ばせることができるのか。これを毎日考えるようにすれば、二週間で憂鬱症から回復する」(D・カーネギー 田内志文(訳)『新訳 道は開ける』角川文庫)と言うように、自分自身の心理的な健康、そして身体的な健康を保てるという大きな恩恵があります。

「だいたいにおいて人のわざわいの多くは、得意なときに萌(きざ)してくる」P41

現在でも経験則としてよく言われることです。心理学や認知科学においても、ポジティブな気分のときにはポジティブな記憶が想起されやすかったり、ポジティブなものに目がいきやすいといったことがわかっています。つまり、ネガティブな要素に気がつかなくなり、失敗しやすいということです。

逆にネガティブな気分のときはネガティブな記憶が想起されやすくなるため、失敗を恐れてなかなか行動できなくなります。どちらが良い悪いということではありませんが、ここで言いたいことは、ポジティブな気分のときには調子に乗るなということです。

『「志」が多少曲がっていたとしても、その振舞いが機敏で忠実、人から信用されるものであれば、その人は成功する』P76

人の志は直接観察できるものではないため、その人の振舞いから推測するしかありません。つまり、その振舞いが社会的に良しとされているものであれば、人から信用され成功するということです。詐欺師が最たる例です。他にも、外面だけはやたらと良くて評判も良いけれど、身内の人間からはあまり良く思われていないみたいな人は結構いますよね。

おそらく著者の意図とは異なりますが、手っ取り早く成功したいのであれば、成功している人の振舞いを真似すればよいということになります。ただし、長期で見た場合にその方法で持続可能なのかどうかは疑問が残ります。少なくとも途中で路線を変更しない限りトップに立つことはできないでしょう。

「利益を得ようとすることと、社会正義のための道徳にのっとるということは、両者バランス良く並び立ってこそ、初めて国家も健全に成長するようになる」P88

利益と道徳のどちらを重視すべきかという議論の中での言葉です。そして「もし正しい道理を踏んで富や地位を手にしたのなら、何の問題もない」とも述べています。

現在の社会構造を考えると、人の役に立つ製品やサービスを提供することが、長期的に持続可能な利益を生み出す最良の方法であると考えることができます。現実を見るとそこまで単純ではないわけですが、個人というミクロな視点で見ると、人間関係という心理的な面においては「道徳にのっとった行動が利益を生み出す」とも言えますし、経済学的な面から見れば提供する側とそれを受ける側の利害が一致すれば良いわけですから「利益と道徳になんら関連性はない」とも言えます。

ただし、道徳から外れる行動は社会的信用を失う構造になっているため、持続的な利益を追求する場合は少なくとも「最低限の道徳的な行動は必要になる」ことは確実でしょう。

「知恵や能力がきちんと発達しているからこそ、物事に対してよし悪しの判断ができ、生活を豊かにしていけるからだ」P146

これは私自身も身にしみて実感していることで、広い視野を持って様々なことを経験し学んでいくと、昔の自分がいかに愚かな考え方をしていたのかということを思い知らされました。

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