【記憶の構造】エビングハウスの研究

記憶の実験的研究を初めて行った研究者として知られているのがエビングハウスです。

彼は既存の記憶の影響をできる限り取り除くため無意味綴りという方法を発明しました。これは「子音ー母音ー子音」という3つのアルファベットで構成された意味を持たない音節のリストのことで、これを用いてさまざまな記憶の実験を行い、記憶に関するいくつかの重要な発見をしました。

エビングハウスの実験は主に忘却に関するものですが、その指標として用いたのが節約率です。

実験の基本的な方法は、無意味綴りのリストを完全に暗唱できるまでの反復回数を記録し、一定の時間経過後に再び完全に暗唱できるまでの反復回数を記録するという方法です。そこで、最初の学習と再学習の反復回数に差が出るので、反復回数が減少した割合を節約率としています。例えば、最初の学習で20回の反復が必要だったものが、再学習では15回で完全に暗唱できた場合は、5回節約できたことになるので25%の節約率となります。

なお、エビングハウスの実験では実験対象がエビングハウス1人であったため、後の研究者によって現代的な手続きを用いて実験が再現されています。ただ、その結果はエビングハウスのものと大きく違いがなかったそうです。

以下、エビングハウスの発見のいくつかを紹介します。

リストの長さと反復回数

これは経験的にも実感できるものですが、リストが長くなればなるほど、完全に暗唱できるまでの反復回数は増えることがわかりました。回数が増えるので、リストの長さが2倍になると学習時間は2倍以上になるということです。

時間経過による忘却

これも経験的にわかることですが、元の学習から再学習までの時間経過が長くなればなるほど、節約率は低下することです。

記憶関連の記事でよく用いられる忘却曲線という言葉やそのグラフは、この研究結果が基になっています。

過剰学習

これは日常生活においては認識することが難しいものかもしれません。

エビングハウスは、最初の学習で完全に暗唱できるようになった後も学習し続けると、24時間後の再学習時の節約率がかなり増加することを発見しました。これは学習が完了し、それ以上学習を続けてもパファーマンスが上がらないにもかかわらず、さらに学習を続けることから「過剰学習」と呼ばれています。

この結果は、完全に暗唱できるようになることが記憶の限界ではないことを示しています。

リストの順番

エビングハウスは、再学習時に無意味綴りのリストの順番を入れ替えると、どのような影響が出るのかも調べています。元のリスト(1,2,3,4…)を1つ飛ばしに配置(1,3,5,7…)し再学習すると、節約率が大幅に低下し、2つ飛ばしに配置(1,4,7,10…)するとさらに低下することがわかりました。

これは、2つの項目が接近して呈示されるほど、一方の観念が他方の観念を導きやすくなるという接近の原理と完全に一致するものです。

ただし、エビングハウスはリストの順番を逆にした状態での再学習も行っており、その結果は節約率が大幅に低下するものでした。これは、元のリストを再学習するよりも、1つ飛ばしに配置(1,3,5,7…)したときの節約率に近いものでした。

この結果は、単純に2つの項目が接近していれば想起されやすいわけではなく、想起のされやすさには方向性があることを示しています。つまり、1を想起すると2を想起しやすいが、2を想起すると1ではなく3が想起されやすいということです。

注意点

これらの研究結果の注意点として、まず、忘却曲線が示しているのは忘却率(または保持率)ではなく節約率であることです。例えば10個の無意味綴りを覚えて24時間後の節約率が30%とした場合、70%の7個を忘れているということではありません。節約率は冒頭に示したとおりです。

忘却率と節約率にどれだけの相関があるのかはわかりませんが、上述の「リストの順番」でみたように、記憶がリストの順番通りに想起されていくのであれば、例えばリストの2番目の項目が思い出せないが、2番目さえ思い出せればリストをすべて思い出せるといった可能性があるので、忘却率を指標として用いると、この2番目が思い出せるか思い出せないかによって結果が大きく変動してしまうことになります。したがって、この節約率を用いたことは有意義であり、単純に忘却率を出すよりも忘却の指標としては優れているように思います。

注意点2つ目は、冒頭でも示したとおり、既存の記憶に影響されないように配慮された実験であることです。エビングハウスの一連の研究は、記憶の仕組みや原理を知ることが目的であり、その視点でみれば科学的には優れたものであることがわかりますが、既存の記憶に大きく影響を受ける日常生活にそのまま適用できるものではありません。言い換えれば、既存の記憶をうまく使えば、これらの研究とは異なる結果を得ることは容易であるということです。

研究結果の解釈

まず、研究の全般に見られる節約率の変化をみれば「再生できない=記憶から削除されている」ではないということがわかります。何らかの情報が残っていることで再学習時に反復回数を節約できるということでしょう。

時間経過による忘却について

その後の研究を見ると、単純な時間経過というよりは他の情報との干渉によって忘却が進んでいると考えられます。つまり、元の学習と再学習との間に起こった出来事が記憶した無意味綴りに干渉して忘れてしまったということです。ただし、干渉には時間経過が必要であり、また時間経過によって干渉を受けてしまうため、この2つを切り離すことは容易ではありません。

外部からの情報をできる限り遮断して干渉を防ぐのに、睡眠を用いたのがジェンキンスとダレンバックの研究で、無意味綴りを記憶させた後、一定の時間睡眠をとるグループととらないグループに分けて実験しています。その結果、睡眠を取らなかったグループの方が忘却の進行が早いことがわかりました。ただしこれも、干渉によって忘却が進んだのか、それとも睡眠によって記憶が強化されたのかははっきりしません。繰り返しになりますが、干渉と時間経過を切り離すことは容易ではありません。

神経細胞レベルではこれらを切り離して実験できる可能性はありますが、私の知識不足もあり、これ以上議論を進めることができません。

過剰学習について

記憶の強さを情報同士の結びつきの強さとして仮定すれば、過剰学習も単純な現象として理解できます。つまり、記憶の想起には一定の結びつきの強さが必要で、記憶を想起できるようになってもさらに結びつきを強くすることが過剰学習であると解釈できます。これは神経細胞の研究結果からある程度説明できそうな気がします。

リストの順番について

これも、記憶を情報同士の結びつきと考え、結びつきには方向性があると仮定すればしっくりきます。神経細胞の構造を考えると、結びつきは一方通行ですが、他の経路を通って逆方向にも結びつくことができると考えられます。この2つの経路は結びつきの強さが異なっていると考えれば、リストを逆にしたときの節約率も説明できます。

リストの長さと反復回数について

この一番単純そうなものが一番やっかいであることに気がつきました。リストが長くなると、なぜ完全に暗唱できるまでの反復回数が増えるのか。一度に記憶できる量が決まっていると考えれば、なんとなくわかったような気持ちになりますが、この「一度」がどれくらい時間続くのかがよくわかりません。ゆっくり学習すれば「一度」を「二度」に分割できる可能性が考えられますが、経験的にこの可能性は低いでしょう。

この解釈には短期記憶と長期記憶という概念を用いる必要があるのかもしれませんが、記事が長くなりすぎたのでこのあたりで区切りをつけたいと思います。

ここまで書いてきてひとつ気がついたのは、エビングハウスの実験では2種類の結びつきを記憶しようとしていることです。1つは、3つのアルファベットの結びつき、つまり無意味綴りそのもので、もう一つは無意味綴り同士の結びつきです。このあたりにも面白い発見が隠れているかもしれません。

この記事の参考書籍

エビングハウスの研究について書かれているのは2〜3ページだけですが、学習心理学の特に実験的な研究については、基本的な部分がかなり網羅的書かれています。B5サイズで350ページを超える本なので、ボリューム満点です。

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教科書的な本ですが、心理学の全体像がわかります。内容の濃さとボリュームを考えるとコストパフォーマンスの高い本です。

普段本を読まない人や、自己啓発の本しか読まない人にとっては、読み切るのは厳しいかもしれません。

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