なぜ勉強するのか

程度の差はあっても誰もが一度は通る道で、機械的に暗記すればテストで良い点がとれてしまう日本の小・中学生、あるいは高校生にとって、重要なテーマである気がします。また、大学生や社会人になってもその答えが見出だせない人は多いのではないでしょうか。

「なぜ勉強をするのか」については答えはひとつではないですし、人によっても異なります。ただし、突き詰めていくと「なぜ人は生きているのか」という根源的な問いにたどり着いてしまうので、ここでは「より良い社会生活を送るため」という目的を前提に話を進めていきます。

歴史を勉強すると、未来が見える

私が中学生の頃、初めての歴史の授業のときに「なぜ歴史を勉強するのか」について先生が話していました。その先生は「歴史を勉強すると、未来が見える」と言っていました。私は授業よりもなぜ未来が見えるのかについて考察し、これが今でも勉強に対する考え方の軸のひとつとなっています。

その先生がどのような意図で「未来が見える」と言ったのかはわかりませんが、今はっきりとわかっているのは、新しいものは過去の事物からしか生まれないということです。もう少し詳しく書けば、新しいものをつくるには、既存のものを組み合わせるか発展させるかしかないのです。

例えば、ニュートンの万有引力の法則は、ニュートンがひとりで考えだしたものと思われがちですが、ニュートンの前にガリレオ・ガリレイの慣性の法則や落体の法則、ヨハネス・ケプラーによる惑星軌道の法則などがあったわけです。これらの法則を詳しく説明すると長くなるので省略しますが、万有引力の法則はいくつかの法則を組み合わせて一般化したもので、その発見は必然だったのです(もちろんニュートンの業績は素晴らしいもので、だれにでも万有引力の法則を完成させることができたわけではありませんし、ニュートンのものとは異なっていた可能性もあります)。ガリレオやケプラー以前にも、コペルニクスやプトレマイオス、アリストテレスなど様々な人物がいて様々な出来事があり、その先にニュートンがいたわけです。

長くなってしまいましたが私が言いたいのは、過去を知らなければ新しいものはつくれないということです。これに気づいたときに思ったのが、歴史だけではなく他の教科にも同じことが言えるのではないか、ということです。

歴史の授業に限らず、他の教科でもその分野の過去について学んでいることになります。その分野の勉強を続けていけば、いずれは過去から現在へとたどり着き、答えの出ていない問題に遭遇します。基礎知識のないまま同じ問題に遭遇すれば、何をどこから勉強すればよいのかわからなくなり思考は停止してしまいます。その問題を解決できるかどうか、または解決するのにかかる時間はその分野の過去を知っているかによって大きく違いが出るのです。

パソコンが動かなくなった場合にパソコンに関する知識がなければ、問題を解決するどころか何が問題なのかさえもわからないのと同じことです。

「未来が見える」というのは「未来を予測する」だけではなく「問題を解決できる」または「問題を定義できる」という意味も含まれているのだと思います。

他人の考えを理解できる

言語は他人とコミュニケーションをとるための手段のひとつに過ぎませんが、他人に自分の考えを正確に伝えるためには必要不可欠なものです。しかし、同じ日本語でも時代や地域、環境によって意味が異なることもありますし、ひとつの言葉に対するイメージも人によって違うこともあります。

例えば、心理学について一般の人は精神分析など「人間の心を研究する学問」だと考えている人が多いかと思います。間違いではないのですが、人間の心は直接観察したり測定したりできないので、人間の行動を観察することになります。極端な話、心理学とは「人間の行動を研究する学問」なのです。誤解を恐れずに言えば、「心理学者=人の心がわかる」とはならないのです。これを理解している人としていない人が心理学について語り合ったとしても、すれ違いが生じてしまい実のある会話にはなりません。

十代の若者同士の会話を八十歳の人が聴いても正しく理解できないというのは、もっとわかりやすいかと思います。例えば「やばい」という言葉を聞いて八十歳の人なら「危険、あぶない」というのを連想するかもしれませんが、十代なら「すごい、楽しい」などを連想することでしょう。言葉の意味が異なるのです。

他人の考えを理解するためには、言葉の背景にある概念を理解する必要があります。これは言葉だけに限らず、音楽や絵画などの芸術と呼ばれるものにも当てはまるかもしれません。背景にある概念を理解しなくても感覚的になんとなくは分かりますが、深く理解することはできません。

このように、相手の考えを正確に理解するためには、言葉のイメージや時代背景などの共通の認識が必要になります。それには様々な考え方や概念が存在することを学ばなければならないのです。

教科書や本に載っていることはすべて他人の考えです。勉強することは他人の考えを受け入れることにほかなりません。

勉強の仕方を学んでいる

社会人になると、勉強から開放されたと思い勉強しなくなる人がたくさんいます。少し視点を変えてみると、社会人になってひとりでも生きていけるように義務教育という練習期間が存在しており、社会人になってからが本番だという見方もできます。

社会に出て自分のやりたいことを続けるには、それに関する知識や考え方を学ぶのはあたりまえのことですが、それ以上に自分に必要な知識を選択する能力や勉強の仕方が重要になります。

成功している人たちをみると、学校の成績が良かった人ばかりではないことに気がつきます。それは「勉強しなくても成功できる」とは違います。学校の成績というのは、結果のひとつでしかないのです。

学校の成績というのはテストで高い点数を取るテクニックであり、その方法は社会的に成功するための方法とは異なる場合があります。学校の成績が良かったからといって、社会人になってからも同じ方法を続けていれば、うまくいかなくなることのほうが圧倒的に多いのです。勉強の仕方も自分の成長とともに日々改善していく必要があります。

逆に、学校の成績が悪くても若くして成功している人もいます。この人たちは高い点数を取るための勉強方法ではなく、成功するための勉強方法を実践していたことになります。

世の中には無限とも思える情報量がありますが、人間の脳につめ込める情報には限りがあります。学校は、知識を学ぶことよりも知識の学び方、つまり勉強の仕方を勉強していると考えるほうが理にかなっているのではないでしょうか。

相乗効果が生まれる

「自分は学校で勉強することとは関係のない仕事をするから、勉強しても意味が無い」と思う人もたくさんいると思います。実際に高度な数学や物理学、今では目にすることがほとんどない古文や漢文などが直接役に立つ仕事は限られてきます。

「1+1=2 ではなく、3にも4にもなる」というような話を一度は聞いたことがあると思います。私は、やる気を出させるための例え話だと思っていましたが、数学や物理学の歴史を知るとそれが当たり前のことなんだと気がつきました。

再びニュートンの例を出しますが、昔は地球上での力学法則と、地球の外での力学法則はまったく別のものであると考えられていました。それに従って実験や観測が行われ、地球上では落体の法則や慣性の法則、地球外では惑星軌道を計算するケプラーの法則などが確立されました。後にニュートンは、地球上と地球外では同じ法則で物体が運動していることに気がつき、それらを万有引力の法則としてまとめました。

そこで何が起きたかというと、地球外の物体の運動やその質量を地球上で計算できるようになり、実際に月や火星、またはもっと遠く離れた星に行かなくても質量や重力の強さがわかってしまうのです。宇宙(地球上を含む)での法則は後に相対性理論によって書き換えられ、人類は宇宙に行くこともできるようになりました。

地球上と宇宙の法則が別のものであるという考えのままでは、人類は宇宙に行くことはできなかったと思います。別々のものが組み合わさったことで、それまで考えもしなかったことが想像できるようになり現実のものとなったのです。つまり思考できる範囲が広がったということです。「1+1=2」ではなく、別々のものが合わさると想像を超える解が現れるのです。

次は数学で考えてみましょう。数学では2つのまったく異なる分野が、実は同じものであることが(極稀に)証明されたりします。あるひとつの問題を異なる分野で行き来させることが可能になるのです。

この2つの分野ではそれぞれ異なる定理が存在しており、仮に100個ずつ定理があったとします。各分野の定理をひとつずつ使用し、2つの定理を組み合わせた場合、その組み合わせは 100×100=10000 通りになります。ひとつの分野では解けなかった問題も2つの分野を組み合わせることで、10000通りの方法が新たに加わり、組み合わせる定理を3つ、4つと増やせば、さらに可能性は広がります。

2つの分野を組み合わせるという「1+1」の背景にはまったく別の計算式が成り立っていることがわかります。やや強引な理屈にも見えますが、「1+1」に見えていたものは視点を変えると「1+1」ではないのだと気がつきます。

国語、数学、物理、化学、社会、経済などまったく異なる分野ですが、共通している考え方もたくさんあり、それらを組み合わせることで新しい答えを見つけ出すこともできるのです。

一流と呼ばれる人たちは、その分野の知識や考え方だけではなく、他の分野の考え方を取り入れることで新しいものを生み出しています。「自分には関係のない分野だから」という理由で勉強しないのは、自分自身で可能性を潰しているのと同じことなのです。

あとがき

偉そうに書いてありますが、私自身は中学、高校ではあまり勉強していませんでした。勉強しなくても、テストではそれなりに点数が取れてしまったことも原因のひとつです。

基礎知識の大切さや新しいことを学ぶ楽しさは、大人になってから気づいたことで、おそらく様々な経験を重ねることによって実感できるものなのだと思います。学び方は人それぞれですし、何を学ぶかも人それぞれですので「将来役に立つから一生懸命勉強しろ」と言うつもりもありません。

ただ、どんな仕事をするにしても、どうすれば成功できるのかというのは、同じ社会の中であればある程度同じ法則のもとに成り立っています。何か一つのことに長けていると、その考え方を他の分野にも転用できるのです。社会のルールは、社会学や政治・経済などの分野で学べますが、これを把握し理解するには数学や物理、化学といった分野の考え方を用いる必要があります。このあたりの話は、また別の記事で書きたいと思っています。

本当はもっと書きたいことが山ほどあるのですが、長くなりすぎたので別の記事に譲ります。

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